歴史写真館@ほんべつ⑦(昭和18年)
本別町は開拓時代から教育に寄せる情熱が強く、十勝でも先駆けといえる存在でした。明治時代の義務教育、大正時代の女子教育に続き、昭和になると青少年の高い教育を望む声が大きくなり、十勝では帯広に次いで2番目となる旧制中学校が創設されました。
「歴史写真館@ほんべつ」7回目は、昭和17(1942)年に開校した「本別町立本別中学校」の写真に始まり、76年の伝統を持つわが町の高校、現「北海道本別高等学校」の歴史を紹介します。
本別町は昭和12(1937)年、開基40年を記念して町是(町の振興のための方針や施策)と教育是(教育理念や計画)を定め「物心両面の豊かな郷土」を目標としました。時代は軍国主義へと進む中、町と有志の活発な設立運動、校地寄贈などの厚意により、同17(1942)年、町立本別中学校が開校。十勝では帯広中学校(現帯広柏葉高校)に次ぐ町民待望の創立でしたが、当時の本別国民学校(後の本別小学校)の一部を借り受けてのスタートでした。

写真①は、同18(1943)年4月から、新校舎落成の10月まで使われた仮校舎です。1期生が砂利運びや整地の重労働を担って完成した初代校舎で、教室は砂利の上に机、戸にはムシロ、節穴から隣の教室が覗けたと言います。その後、新校舎は同20(1945)年に空襲、同38(1963)年には火災に見舞われますが、同39(1964)年に3代目となる校舎が完成。平成4(1992)年に新築された現校舎は、4代目となります。

写真②は、創立30年の昭和47(1972)年から、約20年間着用されていた女子の制服です。当時は上着丈が短く、ピタッと長いスカートが流行でした。男子は学ラン。ダボッと太いズボンが人気だったようです。創立50年を機に男女ともデザインが一新され、現在のブレザースタイルとなりました。

写真③は、昨年、図書室隣の司書室で発見された資料です。明治時代の漢文のテキスト、伊達政宗や仙台藩に関する書物…どのような経緯で同校に保管されていたのか謎でしたが、歴史民俗資料館で調査した結果、前の校舎のころ、仙台にルーツを持つ用務員さんが持ち込んだものと分かりました(詳細は継続調査中)。
旧制町立中学校から改称を重ね、昭和23(1948)年の学制改革によって新制北海道立本別高等学校へ。同年、全道でわずか3校の男女共学校であり、男子校に女生徒が入ったのは本高が初めてでした。伝統の中にも時代の先を行く校風が感じられます。
(広報ほんべつ2018年10月号掲載)