歴史写真館@ほんべつ③(明治43年)
明治13(1880)年、石炭の輸送を主な目的として、北海道で初めての鉄道が手宮(小樽市)-札幌間に開通しました。
本別町の鉄道の歴史は、明治41(1908)年、池田-本別間の貨物輸送に始まります。同43(1910)年には網走線が池田-陸別間に開通し、本別、勇足、仙美里の3駅が開業。鉄道が敷かれると、さまざまな産業が発展し、町も大きく変わりました。
「歴史写真館@ほんべつ」3回目は、開業当時の列車の姿をとらえた写真と、仙美里駅にちなんだ木製の短冊を紹介します。
本別町の交通の歴史をひもとくと、川を利用した渡船場(とせんじょう)、道路の開墾に伴う駅逓(えきてい)(人や馬が休むための中継所)などに続き、鉄道が開設されています。
網走線は池田と陸別、その後北見を結び、大正元(1912)年に網走までの全線が開通し、網走本線となります。この通称「アバセン」は、木材、石炭、ビート、タマネギなどの物流によってさまざまな産業を支え、多くの住民の足として利用されました。

写真①をよく見ると、蒸気機関車に引かれたトロッコのような客車に、何人かの乗客が確認できます。屋根も壁もなく、怖くなかったのでしょうか?また、この鉄橋やレンガの橋台は、当時の工法と時代の移り変わりを今に伝える貴重な遺産として修復保存されています。

右:里なれぬ駒やおと(ど)ろく氣(気)車の笛 風流舎主人
左:祝聲(声)も氣(気)笛も共や揚花火 風流舎主人
網走線開通に伴う駅の開業も、大きな慶事でした。歴史民俗資料館では、仙美里駅に飾られていた2枚の短冊(写真②)を常設しています。板に筆で書かれた文字は、どちらも気笛を詠んだ俳句。明治38(1905)年に仙美里地区へ入植した神奈川団体の小川万吉らが催した、開通祝賀の句会での作品です。この会がきっかけとなり、俳句結社「美風会」が発足し、その後の仙美里地区の文化活動発展につながっていきました。
それから一世紀が過ぎ、本町では鉄道が廃止されて12年。子供たちは町に列車が走る姿を知りませんが、現在につながる大切な出来事として、残し伝えていきたいものです。
(広報ほんべつ2018年6月号掲載)